ボードレール語録

「悪」印象が強いけれど、決してそれどころではないボードレールの魅力を広めたい一心で。

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    ラ・ファンファルロ(冒頭)
     サミュエル・クラメール、その昔、マヌエラ・デ・モンテヴェルデという名前で狂乱的にロマンティックな文章を発表していたこともある(ロマン主義の元気だった時代の話だ)、青白いドイツ男と褐色のチリ女の間に出来た矛盾の産物である。
    この二重の起源にフランス的教育と文学的素養を加えてみれば、諸君らにも奇妙に入り組んだ彼の性格に対する奇異の念を少しは減じることが出来るかも知れない(納得も教訓も得られないものとしてもだ)。 
    サミュエルは汚れなく気高い額と、コーヒーの雫のように輝く瞳、悪戯っぽく嘲笑的な鼻、破廉恥で肉感的な唇と、四角く張って威圧的な顎、いかにも気取ったラファエロ風の髪だった。
    大変なのらくら者であると同時に痛ましい野心家で、また名高い落伍者の一人でもあった。それというのも、彼はほとんど理想なるものを、その中途半端な観念に満ちた生活の中で持ってはいなかったのである。無精の太陽が身の内で絶えることなく燃え盛っていたため、彼は天の賦与したこの半端な天才さえも、自ら蒸発させ、消尽させてしまったのである。
    これら、私が恐ろしげなパリ生活での間に出会ってきた半偉人達の中でも、とりわけサミュエルは、誰にも増して出来損なった傑作の著者であった。病的で空想的、ポエジーというものがその作品の中よりも人格於いて更に煌めいているといった類の人物で、午前一時の頃合いに、石炭の炎の眩さや時計のチクタク鳴る音の中ではいつも、その巨大で法外なことといったら叙事詩でもあるかのような不能を司る、現代に於ける半陰陽の神のように見えたものである!
    | 小説・散文詩(パリの憂鬱等) | 03:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
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