ボードレール語録

「悪」印象が強いけれど、決してそれどころではないボードレールの魅力を広めたい一心で。

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    「パリの憂鬱」アルセーヌ・ウーセイへの献辞
    このような偶然の産物も、余人には恐らく誇りとするに足りるかもしれない。が、創造しようと意図したものを「正しく」なしとげることを、詩人の至上の幸福とみなす人間にとっては、己の無力を嘆ぜずにはいられないのである。


    (福永武彦・『パリの憂愁』・岩波文庫)


     この献辞的序文は、1862年にウーセイが主幹を務める雑誌「ラ・プレス」が初めてボードレールが散文詩を掲載した際に序文として付されたもので、ウーセイにおもねった部分が含まれているのは、作品を発表するために取った単なるお世辞であるのだが、しかしこの序文は、ボードレール自身の追求した散文詩のあり方を明確に述べたマニフェストともなっており、死後編纂されたミシェル・レヴィ版『ボードレール全集』の中に散文詩集として纏めらた際に序文として採用され、その後相次いで発行される単行本にも踏襲されていくことになる。
     また、最後部分の一節、謙遜の裏に隠された誇らかな自負と、完璧な作品を目指し続けた詩人の創作に対する信念と苦悩とが披瀝されているのも見逃せないところである。
    | その他(日記、お手紙等) | 11:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
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