ボードレール語録

「悪」印象が強いけれど、決してそれどころではないボードレールの魅力を広めたい一心で。

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    僕にとっての愉しみは、ただ自分の前をいつまでも真直に進むこと、何所へ行くのかも知らず、誰にも心配を掛けないで、そしていつでも新しい国々を見て廻ること、とそういうふうによく思ってみることがある。僕は何所にいても決して為合せじゃないが、どこか現にいるところ以外の場所に行ければ、もっと為合せだろうといつも考えるんだ。


    (福永武彦・『パリの憂愁』・岩波文庫)


     超自然性としての演劇への憧憬、父性的な神への信仰、早熟で屈折を帯びた性欲、そして「ここ」からの脱出への願望を、四人の子供それぞれに仮託して語らせるこの散文詩は、ボードレールが自身を他人から理解されがたい存在だと幼い頃から強く自覚していたことを明らかにしている。
     自分の漠然たる欲望を述べる子供は、ボードレールの持っていた幾つかの性質をそれぞれ抽出したものを体現しているのだが、同時に、聞き役に回るや無関心と軽蔑でそれに応え、ボードレールに対して理解をしない他人ともなるのである。この二重性はまた、意識内部における自己批評や省察能力、あるいはボードレールの実存論的な自己把握性を理解する重要な手掛かりとなるだろう。
    | 小説・散文詩(パリの憂鬱等) | 12:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
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