ボードレール語録

「悪」印象が強いけれど、決してそれどころではないボードレールの魅力を広めたい一心で。

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    愛に関する心慰める箴言
    恋愛は一篇の詩をひねくったり上等な下着を身につけたりする労に値する唯一のものである


    (橋本一明・ボードレール全集・人文書院)
    | 批評・エッセイ | 00:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
    1846年のサロン
    一個の排他的な観点に立ってつくられた作品は、その欠点がいかに大きかろうと、芸術家の気質に類似の気質をもつ者たちにとっては、常に大きな魅力をもつ。


    (阿部良雄・『ボードレール全集』・筑摩書房)
    | 批評・エッセイ | 00:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
    現代生活の画家
    現代性(モデルニテ)とは、一時的なもの、移ろい易いもの、偶発的なもので、これが芸術の半分をなし、他の部分が、永遠なものである。

    この要素[現代性]を抹殺するならば、否応なしに、たとえば、人類最初の罪以前の唯一の女性の美といったたぐいの、抽象的で捉えどころのない美の、空虚のなかへと落ち込むほかない。


    (阿部良雄・『シャルル・ボードレール【現代性の成立】』・河出書房)
    | 批評・エッセイ | 23:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
    「ボヴァリー夫人」
    どう考えても、結局のところ、精密秤で量ってさえも、われわれの世の中はキリストによって創られたにしては住みにくく、この世間が姦通に石を投げる資格ありとも思われず、また牡牛のように角の生えた亭主が幾人か多かろうと少かろうと、そのためにべつに天体の回転速度が速まりもしまいし、宇宙の最後の崩壊が一秒たりとも近づきもしまい。


    (山田?・ボードレール全集・人文書院)
    | 批評・エッセイ | 06:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
    1846年のサロン
    まず我々は、ブルジョワという不作法な呼び方に関し、一切我らが偉大なる「芸術的」同業者(美術評論家)たちの持つ偏見を共有していないことを宣言する。

    ブルジョワが自分自身をブルジョワと呼ぶようになってからというもの、ブルジョワなるものは存在していない。
    第二に、ブルジョワは、…ブルジョワというものは現にいるのであるから仕方がない、大変尊敬すべきものである。
    というのも、我々にとって、生活費を出してもらおうと我々が目論んでいる相手方に気に入られることは必要なことであるのだ。
    | 批評・エッセイ | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
    若き文学者への忠言
    こきおろしには二つの方法がある。曲線的なものと直線的なものとである。

    直線的な方法とは次のように語ることである。
    「X氏は恥知らずな男であり、その上馬鹿者である。以下にこれを証明しよう」
    そしてそれを証明するのだ! 第一に、第二に、第三に! 等々。
    理性に対する信仰と、堅固な拳を所有するすべての人たちに、わたしはこの方法を推奨する。


    (橋本一明・ボードレール全集・人文書院)
    | 批評・エッセイ | 22:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
    ハシッシュの詩
    ハシッシュは天才を与える、あるいは少なくとも増大させると仮に認めるとしよう。ところが彼らが忘れているのは、意志を減少させるのがハシッシュの本性であるということ、つまり想像力を与えてもそれを活用する能力は抜きになるということなのだ。


    (阿部良雄・ボードレール全詩集・ちくま文庫)
    | 批評・エッセイ | 16:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
    笑いの本質について
    氷の上や舖道の上で人が転んだり、歩道の上で躓いたりする眺めに、一体どんな悦ばしいところがあって、イエス=キリストを通じてその人の兄弟であるもう一人の男の顔面が、無様に収縮したり、顔の筋肉が突然、正午を告げる大時計やぜんまい仕掛けのおもちゃのように動き出したりするのだろう。


    (阿部良雄・ボードレール全集・人文書院)
    | 批評・エッセイ | 01:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
    1859年のサロン
    「美」が常に人を驚かすといって、人を驚かすものは常に美しいと考えるのは理に適いません。
    | 批評・エッセイ | 18:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
    哲学的芸術
    芸術は哲学的に明快であろうと欲すれば欲するだけ、それだけ堕落して、幼稚な象形文字へと回帰していくだろう。
    反対に、芸術はなにかを教えるという企図からはなれればはなれるだけ、それだけ純粋で超越的な美の高みへとのぼっていくだろう。
    | 批評・エッセイ | 18:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
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